悪者を探したくなるとき
誰かとうまくいかなかったとき。
「あの人が悪い」
「もっとわかってくれたら」
「向こうが変わってくれたら」
つい思ってしまうものですよね。
そう思うと、ちょっと気が楽になる気がして。
意見が食い違ったり
想いがうまく伝わらなかったり
不意に誰かを傷つけてしまったり。
こういうときって
「誰か」を【悪者】にしたくなるものです。
でも、ちょっと落ち着いてみると、
本当にその人は【悪者】だったのかな、なんて感じることもあるように思います。
もちろん
誰かを傷つけようとして行動する人が
まったくいないとは言い切れません。
けれど、だいたい、
人は「悪者になりたい!」と思って
人と関わっているわけではないように思うのです。
こちらは心配して言ったつもりなのに、
相手には責められたように聞こえてしまう。
相手は助けたつもりなのに、
こちらには踏み込まれすぎたように感じてしまう。
そんなことって、経験ありませんか?
カウンセリングでも、こうした
「すれ違い」の話はよく出てきます。
互いがうまくやりたいとは思っているけど
その方向性や熱量が違ったり
伝え方や表現方法が
相手にはしっくりこないものであったり。
そんな目には見えない小さく微妙なズレが
だんだんと積み重なっていって
いつの間にか
「わかってもらえない」
「いつも揉めてしまう」
そんな形になっていくのかもしれません。
こういうときって
「私はこうしたいのに、相手がそうしてくれない」
「あの人のせいでうまくいかない」
こんな誰かを【悪者】にしたくなりますよね。
私もそうです。
やっぱり誰だって
自分を正しく認めてほしい。
頑張ったなら、その分望む形になってほしい。
だから自分のほうが正解で、良い人で
誰かが間違っていて、悪者になってほしい。
そう思うのは
とっても自然なことだと思うのです。
でも、その気持ちは
その誰かも持っていて。
その人だって正しく、望む形を手に入れたいんですよね。
ただそのカタチが
自分とはちょっと違っていて。
その結果、
向こうからは私が
私からは向こうが
【悪者】に見えちゃうんです。
もちろん、
「あなたが全部我慢すればいい」
そんなことを言うつもりはありません。
傷ついたことや嫌だったことを押し込めて
なかったことにはしなくていいのです。
ただ、そのうえで少しだけ
「あの人は何を見ていたのかな」
「どんな風になりたかったのかな」
と向こうの目線でも考えてみる。
それだけで、
【悪者】という一言ではおさまらないものが
見えてくることもあるように思っています。
私たちはそれぞれ
違う場所から世界を見ているから。
だからすれ違う。
でも、
だからこそ
わかり合えたらとっても嬉しいのだと思うのです。
誰かを悪者にするよりも、
お互いの視線の先に目を向けてみる。
そのくらいのちょっとした意識で
人付き合いって
変わっていくのかもしれません。
投稿者プロフィール

- くれたけ心理相談室(仙台支部)心理カウンセラー
-
宮城県仙台市・富谷市を拠点に活動している心理カウンセラーです。
日々のモヤモヤ、家族のこと、進路やキャリアのこと。
どんなに小さなことでも聴かせてください。
無理せずゆっくり、一緒に整えていきましょう。
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