未来の私は誰のもの?

先のことを考えるとき、
ときどき「未来の私」を想像します。

進路を選ぶとき
働き方を考えるとき
これからの暮らしを思い浮かべるとき

その未来にいるのは、
私が心からなりたい私なのか。

それとも、
誰かがそうあってほしいと願う私なのか。

そんなことを考えるんです。

期待されることは嬉しいものです。

「こうなってほしい」
「あなたならできる」

そう言ってもらえるのはありがたいことで、
誰かに応えたいと思う気持ちも、
悪いものではないですよね。

ただ、その中で自分の気持ちが
後ろに下がってしまうこともあるなぁと思うのです。

本当はどうしたいのか。
どんな自分でいたいのか。

そういう声は
忙しかったり、迷っていたり、
誰かの期待に応えようとしていたりすると、
自分の声なのに聞き逃してしまう気がするのです。

だからこそときどき
じっくり聞いてあげたいなと思っています。

誰かが望む私も大切。

でも
私がなりたい私も同じくらい大切にしたいから。

普通に見える道を選ぶことも
期待に応えることも。
それは大事で立派な選択です。

でも
少し違う道を選びたいと思う自分がいるなら、
その気持ちもすぐには消さなくていいと思うのです。

未来の私は誰のもの?

誰かにとっての「私」だけではなくて
自分自身で息をして、歩いて、たまに転んで。

そんな私として生きていきたい。

そういう道の選び方で
これからのことを選んでいけたらいいのかなと思います。

投稿者プロフィール

藤田 勇気
藤田 勇気くれたけ心理相談室(仙台支部)心理カウンセラー
宮城県仙台市・富谷市を拠点に活動している心理カウンセラーです。
日々のモヤモヤ、家族のこと、進路やキャリアのこと。
どんなに小さなことでも聴かせてください。
無理せずゆっくり、一緒に整えていきましょう。
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