シーソーのように
人間関係って
シーソーみたいだなと思うのです。
できれば同じくらいの高さで、
相手の顔を見ながら話したいし
一緒に前を向いていたいのだけど。
なかなかどうにも
いつもきれいに釣り合うわけではないんですよね。
どちらかの気持ちがより強いときもあるし、
片方に余裕がないタイミングだってある。
他のことに力を入れていたり
単純に疲れていたりもする。
そうすると
シーソーが少しずつ傾いて
互いの目線の高さもズレていったりします。
でも、もともと
それぞれ別の人間なのだから
同じ気持ちの重さで居続ける方が難しいのかも、とも思うのです。
それに、たとえ
昨日の自分と今日の自分の心を
シーソーに乗せたって
きっと同じ重さではないでしょう。
体調や興味など、
様々なもので毎日気持ちは動き続けるものだから。
そう考えると、
「誰かとのつながりが傾いている」
それ自体は悪いわけではないのでしょう。
ただ、傾きが大きくなると
見える景色も変わるもの。
相手の顔が少し見えにくくなったり、
「なんで私ばかり」と負担が大きく感じたり。
そんなときに大事なのは、
無理やり同じ高さに戻すことよりも
「相手は何を見ているのだろう」
「自分たちの何が変わったんだろう」
そんなふうに
相手だけでなく自分も含めて
ちょっと遠くから全体を眺めてみることなのかもしれません。
お互いが今見ている景色や
どんな気持ちでそこにいるのかを
少しでも伝え合えたなら。
ずっと同じ高さじゃなくても、
また相手の顔を見られる関係でいられたら。
誰かとの繋がりって
それで十分なのかもしれませんね。
投稿者プロフィール

- くれたけ心理相談室(仙台支部)心理カウンセラー
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宮城県仙台市・富谷市を拠点に活動している心理カウンセラーです。
日々のモヤモヤ、家族のこと、進路やキャリアのこと。
どんなに小さなことでも聴かせてください。
無理せずゆっくり、一緒に整えていきましょう。
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